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2013年4月10日 (水)

日本の悲惨な近未来予測『エコノミスト』に反論できるか?

◆アベノミックスに沸く日本だが、先行きは暗澹たる展望

日本崩壊のシナリオがイギリスの経済誌『エコノミスト』に掲載され、衝撃を与えている。それは、同誌が2050年の世界を予測した中で、日本のお先真っ暗な展望を描いたものだ。
「日本は世界史上未踏の超高齢社会となる」
「高齢化による国家財政の悪化が進む 」
「日本のGDPは、2050年には相対的に大幅に低下する」
これらの条件を基に、日本の悲惨な2050年を描いている。

日本の国家債務残高は財務省によれば2012年現在で対GDP比219パーセントである)。
日本は相対的に、急速にプレゼンスを失っていく。
2010年には、世界経済の5.8パーセントを占めていた日本のGDPは、2030年には、3.4パーセントになり、2050年には、1.9パーセントになる。経済成長のスピードも西ヨーロッパを下回り、今後四十年を通して、1.lから1.2パーセントで推移する。その結果、2010年には、アメリカの七割あった日本のGDPは、2050年には相対的に58.3パーセントまで低下する。
(参照)
2050年の世界(英『エコノミスト』誌は予測する)
著者 英『エコノミスト』編集部
解脱 船橋洋一
訳者 東江一紀 峯村利哉
株式会社文芸春秋(2012.08)

このイギリスの経済誌『エコノミスト』の日本崩壊のシナリオを受けて、週刊ポスト2012年9月21・28日号は、「世界で最も悲惨な2050年迎える国は日本」という見出しで伝えた。

「失われた20年」と言われるほど長く続く停滞に、日本の将来像を悲観する予測は多々あった。しかし、今回は、代表的な英経済誌の予測だけに、その衝撃度は大きい。
同誌『エコノミスト』は、1962年になされた「驚くべき日本(Consider Japan)」という特集で知られている。これは、日本が世界第2位の経済大国に成長していくサクセス・ストーリーをピタリと“予測”したものであった。その予測から50年を経過した2012年、今度は真逆の、日本転落のストーリーを予測したのだ。

◆エコノミスト予測の根拠は・・・

この予測は、様々な経済指標の動向と人口動態を基にしている。しかし、「日本の真の問題は、人口とGDPではない。」ともいう。
まず、イノベーションの源泉である基礎科学分野での日本の立ち遅れを指摘する。
その根拠の一つとして、日本の科学関係のノーベル賞受賞者が少ない(十五人しかいない)ことを挙げている。
我々日本人は、近頃、ノーベル賞受賞者が増えたなと思っていたのだが、同誌ば、世界第二の経済大国になった日本だから、それに見合う数多くのノーベル賞受賞者があって然るべきだというのだろう。同誌は「日本の人口の七%に過ぎないオーストリアが、受賞者は十四人と日本より1人少ないだけだ」と述べる。

さらに、同誌『エコノミスト』は、日本の現状を厳しく批判している。
「ぬるま湯のような暮らしの中でぼんやり日を過ごし、真に新しいことには気持ちが向かなくなるのだ。日本のこの現状に鑑みれば、・・・」
この言葉は、発展を続ける新興諸国の行く末を、日本の現状(悪い見本)と照らし合わせて述べているものであるから、さらに辛らつに響く。

「欧米に追いつき追い越せ」の後に何を生み出すのか、それが見えなかった日本であった。それがバブル崩壊後の失われた20年の日本を生みだしたといえよう。
エコノミスト誌は、日本の基礎科学の立ち遅れの理由の一つとして、権威に挑戦することを自己規制するからだと見ている。
「日本の若手科学者が先達の理論に迎合しがちなことがしばしば挙げられる。これに対して欧米では、旧来の理論を否定することでキャリアが築かれる。」と述べている。

◆21世紀はシュンペーター経済学の時代

同誌が強調するのは、21世紀はシュンペーター経済学、すなわち「イノベーション時代」であることである。イノベーションの成否が、国家の盛衰に大きく係わることになる。ところが日本は、基礎科学の立ち遅れにより、イノベーションがうまくいかず、低迷すると同誌は予想しているようである。

もし、この想定のように、イノベーションがままならなければ日本の未来は、暗澹たるものになる。しかし、この予想に反して、日本にイノベーションが起きれば事態は一変するはずだ。

◆これからの日本に一番大切なのはイノベーション

国土が狭く、資源もエネルギーもない日本を、経済大国に押し上げたのは、日本人の知力であった。その知力が様々な技術を開発し、イノベーションを起こし、奇跡とも呼ばれる成長をとげてきた。それが20世紀の日本だった。

ところが、その後、失われた20年ともいう長期の低迷に喘ぎ、日本人が「誇りと自信」を失いかけている。中々イノベーションが起きなくなった。一部には,日本はもう成長は無理だ。いや成長はいらない。今の資産を食い潰して優雅な停滞を楽しもうという議論もあるほどだ。しかし、歴史上そういう社会が生き延びた例は皆無である。そこには日本の崩壊が待っているだけだ。

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