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2012年11月

2012年11月26日 (月)

イノベーション亡国に向かう日本/どうする日本(その十四)

◆昨今の停滞はイノベーション亡国の兆し?

このままでは日本は停滞から衰亡に向かうしかない。そこに、科学技術を中核とするイノベーションを推進する日本の亡国の理由を簡単に掲げてみよう。

①基礎研究から始める負担と非効率性

先進国となった日本は、もはや欧米にキャッチアップすべきものがなくなってきた。さらに日本は欧米の基礎技術に「ただ乗り」しているという批判にさらされてきた。こうしたことから日本は、独自に基礎研究から始めて、その成果から技術革新を生みだし、それをイノベーションに繋げることが必要とされるようになったのだ。
そこで「科学技術創造立国」を目指した日本は、科学技術基本法のもと、第 1 期、第 2 期基本計画で 17 兆円と 24 兆円(実質 21 兆円)という膨大な資源を投入した。しかし、その科学技術研究の成果を、経済的・社会的な価値へ転換することは未達成なのだ。
参照 産学官連携ジャーナル Vol.2 No.3 2006.46

このままでは、国民は大きな損害を被ることになる。いま、蓄えた科学的な知識を、いかにイノベーションにつなげ、経済的・社会的価値を創造するかが問われている。

ところが日本は、このような0から1を生みだす基礎研究からの技術革新が得手ではないようである。基礎研究には多大な労力と時間、さらには資金がかかる。一方でその成果がイノベーションにつながる確率は大変低いものだ。つまり、独自の基礎研究から始める「科学技術イノベーション」の成功確率は低く、結果としてそのコストは、格段に高いものになってしまう。基礎研究の負担が日本の経済に重く圧し掛かっている。

②開発サイクルの加速化で馬車馬状態

昨今の経済は、クロックスピードが加速している。それとともに知財開発サイクルもどんどん加速している。新製品の開発に成功すると、すぐに次のイノベーションに備えなければならなくなっている。まるで開発の馬車馬化である。このことをもう少し詳しく説明しよう。

ビジネス変化スピードが加速→新製品開発スピードが加速→製品化スピードが加速→流通スピードが加速

その結果、新製品は発売後、あっというまに普及し、数ヶ月もすればもう新製品の売れ行きはピークを過ぎてしまう。そこで、新製品開発とともに次のイノベーションが必要になってくる。こうしたことが続くことで、過剰生産、過剰の流通がなされ、それを過剰消費が支えるという構図にならざるを得ない。これは、昨今のPC、プリンター、薄型テレビ、DVDプレーヤー、カーナビ、などの動向に顕著にあらわれている。

その行きつく先は、生産バブル、流通バブルとなり、やがてバブル崩壊となってしまう。

近年の出来事を見てみると、ITバブル崩壊がそれである。金融バブルの崩壊も、グローバリズムにのった、またたくまの過剰な拡大が原因している。

あらゆる製品やサービスが、過剰生産、過剰の流通、過剰消費で成り立つ経済は、バブル崩壊に帰結するほかない。

つまり、昨今のイノベーション経済は、アクセルばかりで、ブレーキがきかないのである。ぶつかる先はバブル崩壊である。

③ビジネス変化スピードの加速する中で重要性が高まるイノベーション・マネジメント 

ファイン、チャールズ・Hは、各種産業の変化の速さをクロック・スピードで示した。ファイン、チャールズ・H著『サプライチェーン・デザイン』(1999) 日経BP社

ファインは、クロック・スピードを製品、プロセス、組職の三つに分けて示している。

製品のクロック・スピードは、製品そのものの変化を示すものである。例えば、モデルチェンジや、主要部分の設計変更などである。

プロセスのクロック・スビードは、製造プロセスの主要な変更や、製造装置の変更、新しい製造技術の導入などである。

組織のクロック・スピードとは、例えば、社長あるいはオーナーの交代、組織のリストラクチヤリング、M&A、新しいマネジメントの導入などの間隔であって、それは組織文化の変化スピードを示すものともいえる。

これらのクロック・スピードは、産業分野によって、大きな違いがある。

現代のリーディング産業は、半導体、PCなどのハイテク産業である。それらは最も短いクロック・スピードに属し、その製品クロック・スピードは半年からせいぜい2年ぐらいとされ、さらに短縮化されつつある。

一方、クロックスピードが比較的に遅い産業として、中程度の速さのは自動車、工作機械などであり、5~10年程度である。

もっとも遅いものとして、鉄鋼、造船、電力などがあり、
20年~100年である。

◆イノベーションの必要性が高まる

しかし、こうしたクロックスピードが遅い産業も、半導体など社会・経済を引っぱるリーディング産業のクロック・スピードの影響を受けざるを得ない。その結果、このリーデイング産業のクロック・スピードの短縮化は、産業界全体に波及し、そのイノベーションの必要性を高めることになる。

このことについてさらに説明したい。

リーデイング産業である「ハイテク産業」のクロック・スピードの短縮化は、産業界のマネジメント・サイクルの輪の回転速度を高めることになる。そのマネジメント・サイクルとは、次の三つのマネジメントの回転である。

 ①イノベーション・マネジメント
 ②コントロール型マネジメント
 ③改善型マネジメント

まず、イノベーションの種となる技術革新が起こる(イノベーション・マネジメント)。
次ぎに、生産をコントロールして、生産の基盤をつくる(コントロール型マネジメント)。
次ぎに継続して製品やサービスの改善を行なう(改善型マネジメント)。
その後、しばらくして次の技術革新の段階になる。(次のイノベーション・マネジメント)

このように、イノベーション→コントロール→改善と、三つのマネジメントのサイクルの輪が回転していくわけである。
 
◆昔は一生に一度のイノベーション遭遇だった

一時代前のビジネスのことを考えて見よう。当時は、クロック・スピードが遅くて、マネジメント・サイクルの回る速度が数十年の重厚長大産業がリーデイング産業であった。だから自分が属する産業分野でイノベーションを経験することは、一生に一度あるかないかであった。

◆現代は数年おきにイノベーションに遭遇する

ところが、今日のクロックスピードが加速する「ハイテク産業」が産業界をリードする時代になり、いまやマネジメント・サイクルが数年で回るようになってきた。その結果、我々はイノベーションを数年毎に経験するようになったのである。

かっては、ビジネス・イノベーションが起きて新設備を導入して、新製品を開発する。次ぎにそれを安定生産できるようにコントロールして生産基盤をつくる。その後、改善をじっくりと数十年かけて繰り返して行いながら、利益を蓄積する。そのうちに新たなイノベーションを自ら起こしたり、あるいは他者のイノベーションに遭遇することになる、といった悠長なことであった。

ところが、クロック・スピードが加速した今日では、イノベーションの機会を得る。そして、それを可能な限り早く安定生産できるようにコントロールし、生産のための基本べースをつくる。次ぎに継続して改善を行う。しかし、その改善の期間は短い。息つくまもなく、次ぎのイノベーション機会がやってくる。

このように、クロック・スピード加速のもとでは、継続改善マネジメントの期間は短かくなる。それだけイノベーション・マネジメントと、それに続くコントロール・マネジメントの重要性が増大しているのだ。

◆日本に不利で中国などの生産国に有利な仕組み

ここで注目したいのは、継続改善マネジメントの期間が短かくなることは日本にとって大きなマイナスに作用することだ。

つまり、クロック・スピード加速のもとでは、イノベーションの機会を得たあと、いかにすばやく生産基盤を整えてコントロールするかがビジネスに勝利するカギとなっていることだ。このコントロールは、今日、中国、台湾などが得意とするところである。

他方で、日本が得意としてきた改善型マネジメントは短い期間に留まり、次ぎのイノベーションへの備えに注力しなければならない。
この改善型マネジメントは、日本を経済大国に押し上げた原動力であり、日本に競争優位をもたらしたものである。今日、その改善型マネジメントの比重が低下してきたことは、日本にとって大きなマイナスに作用している。

一方、産業のクロック・スピードの加速で、イノベーションの頻度が高まってきた。結果、イノベーション・マネジメントにおける、イノベーション機会を得るブレークスルーの力の有無が、ビジネスの生死を分けることになってきた。

◆ブレークスルーの力が高いはずの日本だが・・・

日本のブレークスルーの力は高く、新技術や新商品を次々に開発する力がある。ところが、以前のように、それを自らコントロールして国内生産して利益をあげ、さらにじっくり改善していくというスタイルは通用しなくなった。それでは、すぐに国際競争に晒され、勝てなくなってしまうからだ。

米国のアップル社などの例を待つまでもなく、「開発即、中国・台湾などで生産」という仕組みが主流になっている。

この仕組みでは、いわゆる創業者利益を得ることができる期間は短く、すぐに次の技術や製品の開発を迫られることになる。日本の各社も、このジレンマに陥ってしまっている。

以下、次回では、日本のジレンマをさらに、まとめてみたい。

2012年11月19日 (月)

イノベーション亡国に向かう日本/どうする日本(その十三)

◆経済成長のキーワードがイノベーションのはずだが

え!イノベーションといったら経済成長のキーワードじゃないか。それがなんで亡国論になるんだ!

イノベーションに長年携わってきた筆者は、もちろん、経済を成長させ、豊で便利な世の中をつくるのがイノベーションだと信じてきた。そして、いろいろな形でイノベーションの研究会を持ち、またイノベーションの教習を行ってきた。現在は、イノベーション経営研究会の教習テキストの作成をしている。イノベーションと経営、イノベーションと教育、イノベーションの源泉、イノベーションのマネジメントなど、様々な視点でイノベーションのことを書き綴っている。それは、いずれもイノベーションを賛美する内容である。

しかし、このところ、テキストを書きながら、ジレンマを感じる。何かがおかしい、そのジレンマはどんどん強くなっている。

なぜかというと、イノベーションに力を入れてきたはずの先進各国が一向に経済も社会もよくならないように見えるからだ。むしろ、経済は停滞し、格差が増大し、社会は荒廃していくように思える。他方、発展途上の諸国の経済はどんどん成長し、国民の生活水準も急速に向上している。そして、中国、インド、ロシア、ブラジルなどの経済成長のお陰で、先進諸国の経済がどうにか支えられているのだ。
こうした現状を見ると、むしろイノベーション政策を推進するほど、経済も社会も衰退するのではないかという疑念さえ生まれてくる。イノベーション立国には、亡国のジレンマがあるのではないか。

◆『イノベーションのジレンマ』が国家間にもある

米国のイノベーション学者のクリステンセンは、その著書「イノベーションのジレンマ」で、優良といわれた企業が名もない企業のイノベーションにしてやられていく理由を明らかにしてくれた。簡単にいうと、「優良企業が優良であり続けるべき当然の努力が、逆に、他者のイノベーションに打ち負かされる原因を創っている」というものだ。それがイノベーションのジレンマである。

さて、これは企業同士のことだが、筆者は、国家間においても、それとはまた違った意味でイノベーションのジレンマがあるのではないかと考えて研究を進めてきた。
本書は、その研究をもとにして書かれたものである。そして日本の長期に渡る停滞の要因も、イノベーション立国の目論見のジレンマに原因があることを明らかにするものである。イノベーション立国のジレンマに日本が落ち込んでしまっているのだ。このままでは、イノベーション立国のはずが、イノベーション亡国になってしまう。

そこで、次回以降では、ジレンマを解説し、その後に、ジレンマを克服するための新しいイノベーションの在り方を考えたい。

2012年11月 3日 (土)

成長を止め右肩下がりの転落期に入ったのか/どうする日本(その十二)

◆失われた20年の長過ぎた低迷が国民の意欲を奪う

日本は閉塞感に満ちている。右を見ても左を見ても問題ばかり、その問題はいずれも、ちょっとやそっとでは解決できそうもない難問ばかり。バブル後の失われた10年は、15年、20年と延びるばかり。日本は成長を止めてしまった。
この長い低迷時代を乗り切るために、企業も一人一人の国民も、知力を尽くして様々な努力をなしてきた。しかしいつまでも続く苦境に、だんだん意欲が失せてしまった。無気力が社会を覆い尽くしている。

知力のことを教育学では次のように表現している。
知力=知能×意欲(あるいは知力=知能+意欲)
という簡略式である。

つまり、いくら能力があっても、意欲を失えば、知力が発揮出来ないということである。

いま、一番の問題は、国民の意欲が失われてしまうことである。これでは、日本の知力は発揮できず、その未来は暗澹たるものになる。

産業界では、様々なビジネス教育で、社員の能力アップに必死である。しかし、それで社員の能力が高まったとしても、肝心の意欲がついてこなければ、すべて無為に帰することになるのだ。

日本中に無力感が満ちている。心理学者は、無力感の対極にある感覚が、「効力感」であるという。「効力感」とは、「努力すれば好ましい変化を達成できる」という自信や見通しであるという。

参照 波多野誼余夫 稲垣佳世子共著『無気力の心理学』中央公論新社(1981年1月25日)

日本の長い低迷は、国民の努力を無駄に終わらせ続けた。その結果、国民は効力感が失われ、無力感にさいなまれている。その無力感が、知らず知らずに我々一人一人の「意欲」を奪ってしまったのだ。
この国民の意欲喪失の状態が続くと、無力感は無気力を生み、やがてそれは絶望感になってしまう。こうなると、もう手遅れ、日本の復活の可能性は失せ、崩壊に進む他なくなるだろう。

おそらく、いまがラストチャンスだろう。そのために、今、最も必要なことは、企業家、ビジネス人、国民一人ひとりの意欲を取り戻すことだ。

◆「イノベーション25」よ再び

筆者は、この日本の苦境を脱する道は、イノベーションの促進しかない、と長年研究してきた。その中で、安倍内閣時代の戦略会議『イノベーション25』に大きな期待を寄せてきた。
しかし、その後の目まぐるしい政権交代で、イノベーション政策は影が薄れてしまった感がある。

★イノベーション25最終報告(2007年5月25日)より
「イノベーションとは、技術の革新にとどまらず、これまでとは全く違った新たな考え方、仕組みを取り入れて、新たな価値を生み出し、社会的に大きな変化を起こすことである。このためには、従来の発想、仕組みの延長線上での取組では不十分であるとともに、基盤となる人の能力が最大限に発揮できる環境づくりが最も大切であるといっても過言ではない。そして、政府の取組のみならず、民間部門の取組、更には国民一人ひとりの価値観の大転換も必要となる。」

◆「イノベーション25」の復活に期待

安倍内閣時代に立てられたイノベーションについての考え方の基本は、以後の政権の目まぐるしい交代の中でも、変わっていないはずです。イノベーション政策の目標は、「人口減少社会を迎える中にあっても、革新的な技術、製品、サービスが次から次へと生み出され、それが日本のみならず、世界の人々に受け入れられ、その結果、我が国の経済や社会の活力が生み出されることにより、国民が未来に明るい夢や希望を持ち、安心して生活できる社会を実現することができる。」とイノベーション25最終報告はうたっていた。

しかし、今日の現状をみると、経済や社会の活力は生み出されておらず、未来に明るい夢や希望を持ち、安心して生活できる社会の実現は程遠いものだ。イノベーションの技術革新が進んだだけでは解決困難な難問だらけの現実は、好転しそうにない。

それどころか、日本は長い停滞から、右肩下がりの転落期に入ってしまったのではないかとさえ思える。

そこで、いま改めて、最後の切り札のはずだったイノベーションについて考え直す時だと思う。それには、イノベーション25に立ち戻り、イノベーションの本質から考え直す必要がある。

まず考える必要があるのは、イノベーション25でうたっていた、イノベーションを俯瞰的に広く考えるということ。そして、科学技術だけでなく、社会、経済、国民生活全体に「新しいやり方」を考えだすということだ。

◆新しい知のパラダイムとイノベーション

次に必要なのは、イノベーションを、新しい知のパラダイムで捉えなおすということだ。いま私達の生活を支えている全ての製品、全てのサービス、そして世の中のシステムは、人間の知性の産物なのだ。もし、一昔前の人々が現代を見たら知の可能性は無限であると驚嘆することだろう。
私達は、その知性をさらに磨きあげることで、イノベーションを起こし、この危機に立ち向かうべきなのだ。

ところが、肝心のイノベーションと知性とのかかわりは、神秘のベールに包まれた部分が多くブラックボックスの中にある。そのベールを少しでも剥がすことが出来れば、イノベーション促進に繋がるはずである。

そこで、筆者は、イノベーションを生みだす源泉を求めて、数多くのイノベーションの事例を分析し、そこに働く「知性」に着目して研究している。その研究をもとに、次号以降では、日本にはまだいくらでもイノベーションの可能性があること、それが「未来の色を明るくできる」ことを示していきたいと思う。

次回以降、まず、どうしたら、日本人の意欲を蘇らせ、その知力の発揮を促すことができるのかを、BT総研のイノベーション研究をもとに書き起こしていきたい。

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