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2012年10月

2012年10月23日 (火)

目標喪失の日本は何を目指したらいいのか/どうする日本(その十一)

◆経済の低迷はもう常態化した日本

戦後の一枚看板だった経済が、バブルに踊った後低迷を続け、失われた20年というほどに長期停滞している。これは不況というのを超えて、もう日本の常態になってしまったというべきだろう。

「経済とは何ですか」あるシンクタンクの新米アシスタントがチーフに素朴な質問をした。チーフは、面倒くさそうに言った。

「経済とはアメリカのことだよ」

なんとも端的な答えである。
たしかに、日本の経済は、アメリカと共にあった。戦後、朝鮮動乱、冷戦という国際環境が味方し、安保条約に守られて、日本は敗戦国の悲哀を味わうことなく、経済オンリーで邁進することができた。そして、世界第二の経済大国の地位を得た。その経済は、日本がアメリカの意のままに行動した結果であった。まさに経済はアメリカであった。

◆一変した国際環境

ところが冷戦が終わり、グローバル化が進む時代になって、国際環境は一変した。中国やアジア諸国の台頭は目覚ましく、日本はアジアナンバーワンの経済大国の地位を中国に譲った。七年連続して世界一位を誇った国際競争力も、現在27位にまで低落している。
この現状は、もう「経済はアメリカだ」と言えない時代になったことを意味している。

国家としての目標を持たず、アメリカに付いて行ったら経済というご褒美を貰える、そんなお目出度い時代は二度とこないであろう。

さあ、どうする日本。

◆気前よく技術を供与してきた日本

技術供与の理由は、「彼らは」、結局、日本に頼ってくる他ない。だから日本は尊敬され続ける。技術供与は、日本の安全保障だよ。

ところが、アジア諸国は、中国、シンガポール、韓国、・・・など自立化を進めて、日本に対する依存度を低下させるまでになった。その結果が、昨今の、領土問題と関係悪化の遠因といえる。「もう日本に頼らなくていい」という声が聞こえる。

日本は、技術供与や経済援助は、戦争被害に対する賠償という意味も兼ねていると思ってきた。しかし、先方は、なにか「誤魔化された」という感じを持っていたのだ。

◆「魚の捕り方を教えよ」という格言があるが?

魚の捕り方を教えた人と、魚を恵んだ人では、どちらが感謝されるのかという命題がある。日本は、魚の捕り方を教えればさぞ感謝されると思っていた。ところが、この体たらくはどうしたことだろう。

ごく最近まで、日本は、魚の捕り方を教える式の政策を続けてきたようである。その理由は、日本はより高度な技術を開発すればいいのだからというのであった。

しかし、高度な技開発がままならないのは現況をみれば明らかである。

アジア諸国の日本を見る目がかわってきたいま、日本は国家目標を明確化し、改めて国家戦略を再考する必要があろう。

2012年10月 4日 (木)

なぜ皆を怒らせるのか民主党政権/どうする日本(その十)

◆国内も国外も怒りが一杯

尖閣問題、竹島問題は、以前から燻っていた。そして対立が燃え上がりそうになると「大局的見地から」と称して、なんとか抑えてきた。
しかし、今回はその様相がまるで違ってきた。かってない排日の動きが生まれ、破壊活動さえ起きている。「怒り」が爆発しているのだ。韓国との関係も凍りついている。例え今後何らかの解決がなされても、その傷は簡単に癒えそうにない。

国内も怒りが一杯である。数え上げたらきりがない。まず、生活が第一といいながら、マニフェストに全くなかった公約違反の消費税増税。一体改革と言いながら、社会福祉問題の先送り。安全安心より電力が足りないと見切り発車の原発再稼働。エネルギー政策の迷走でどこに行ったか原発ゼロ目標。なかなか進まない震災復興。疑問符一杯の復興増税予算の使い方。収束宣言は一体なんだったのか見通しがつかない原発事故。次々に明らかになる住民の被曝無視の放射能拡散結果の未公表。子育てバラマキだった子育て支援の迷走。政治主導といいながら、官僚の言いなりの野田政権。放射性廃棄物処分場の突然の決定で地元の反発と混乱。沖縄の辺野古移転の二転三転。オスプレーの安全確認と急きょの配備。などなど。

どうしてこうも怒りをかうのか。
政権運営の不慣れだろう。しばらく待っていれば円滑に行くだろう。
しかし、いつまでたっても改善されない。むしろ、ぎくしゃく、対立、怒りが増している。

◆シンクタンクの機能不足

自民党政権時代は、霞が関の官僚がうまくやっていた。霞が関は、我が国唯一最強の頭脳集団(シンクタンク)であった。
ところが、政治主導を振りかざした民主党は、霞が関切りを行おうとした。その結果、蓄積された霞が関の知識と知恵を活用できなくなった。
その代わりに、鳩山内閣と菅内閣時代には、民間の知力を活用しようとした。鳩山前首相、菅前首相とも、それぞれの独自の民間人脈を重用した。しかし、そうした人脈は、志は立派でも、まだ国政に資するだけの力がなかった。その結果、国政は迷走・混乱をきわめた。それが、混乱と怒りをまねいたのだ。
これに懲りた野田政権は、一転、霞が関官僚ベッタリになった。その結果が、消費税増税、原発再稼働などの民意無視の政策となり、混乱と怒りを招いている。

◆民間シンクタンクを数多く育てる必要がある

米国の例のように、知力ある民間シンクタンクを数多く抱えてこそ、政治主導が可能になるのだ。シンクタンクが未熟な現状で、一足飛びの霞が関切りは無理があった。それが民主党政権が内外に怒りを生む原因だったろう。
常時、様々な領域で活動する民間シンクタンクを数多く育てていく必要がる。

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