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2012年7月13日 (金)

どうする日本(その六)和魂グローバリゼーション

◆グローバリズムの中で重要になる和魂

今日、グローバリゼーションの中で、「和魂」を改めて論じるのは、時代に応じて変化する和魂が、どうなるのかを知りたいからである。それは、異文化コミュニケーション時代の創造的破壊=イノベーションの源泉として、和魂がますます重要になると考えられるからである。

TPPやFTAなど、異文化間交易の自由化に関しては悲観主義的な意見がよく見られるが、これに対して米経済学者のタイラー・コーエンは、イノベーションと世界市民主義的な見方を示し、肯定的な見解を示している。

「異文化間交易は、それぞれの社会を改変し崩壊させるが、結局はイノベーションを支え、人間の創造力を持続させることになる」
「市場による創造的破壊は、様々なジャンル、様式、メディアにおいて、大量のイノベーションを引き起こし、革新的かつ質の高い創造を行うのである。」
参照 タイラー・コーエン著『創造的破壊』作品社2011年5月31日 p.32~33

この異文化コミュニケーション時代に重要になるのが地域の文化である。外来の異文化と地域の文化の遭遇・衝突が、人々の創造力を刺激し、イノベーションをひき起こすからである。日本においては、明治以来、「和魂洋才」といわれてきたように、日本の精神性である「和魂」が意識されてきた。

◆時代とともに変化する和魂

この和魂は、時代とともに変化するものである。ところが、和魂が時代とともにその内容が変化してきているということを自覚している人は少ない。和魂というと昔からの日本の精神性の真髄であり、普遍のものであるというイメージを持つ人が多い。その理由として次の二点があげられる。

①精神内容を自覚し難い
人々は、自分や自分の国の精神内容を常に自覚的に把握しているわけではない。だから、日本人の 「和魂」 の内容が変化していても中々そのことに気がつかないのだ。

②外来文化の日本化
よく日本文化の特徴は外来文化の日本化であるといわれる。すなわち、日本に入ってきた外来文化は、ほどなく外国起源の価値であることを自覚させないほどに我物として同化されてしまう。ある意味で、この柔軟な同化力こそが和魂の大きな特徴とも言えよう。

日本の比較文学者平川祐弘は、その著で以下のように述べている。
「明治日本の平均的知識人が「和魂洋才」といった時の「和魂」と、漢文化を取入れた後の和魂と、「和魂漢才」 といった時の 「和魂」 の内容は、シナ文化の影響を受ける以前の日本人の精神である、ということはできるだろう。しかし幕末以降に「和魂洋才」といった時の「和魂」 の内容は、儒教道徳などを摂取して変化した後の日本人の精神をさしている。 
「和魂」はそのように時代に応じて内容の変化するものであり、外国起源の価値であることを意識させないほど我物として同化された精神内容は、すべて和魂のうちにおさめられているのである」
参照 平川祐弘著『和魂洋才の系譜』平凡社(2006年9月11日)p.56-57

明治日本の人々は、西洋の衝撃を受けた際に、異質の文明との対比によって自己(和魂)を認識した。そして、将来に向かっての問いかけや、方向づけを行った。そして、「和魂洋才」という国是のもと、見事に近代化を果したのだ。

◆日本とは何か、日本人とは何かを改めて問いかけよう

それと同様に、今日のグローバリズムの衝撃の中で、縦横に思考を巡らし、「和魂」すなわち日本とは何か、日本人とは何か、を改めて問いかけていかなければならない。

和魂洋才という国是で、和魂という根から洋才という花を咲かしたのが日本。ところが以前から、和魂ではいかん、洋才と言う花は、洋魂あってのものである。切り花のような日本の洋才の花は、いつまでも咲き続けることはできない。だから日本を洋魂化しなければならないという主張がある。この洋魂化論が、グローバリゼーションの中で高まってきているように思える。

しかし、洋魂は、キリスト教に根ざしたものであり、日本人が皆キリスト教に改宗しない限り達成できない。
キリスト教は、罪の文化である。
容赦のない弱肉強食の新自由主義のもとでは、罪の意識が高まる。米国の富豪が何兆円もの寄付をしたのは、善意だけではなく、ビジネス行為で犯した罪を償うという意味も強いと考えられる。容赦なく競争相手をたたきつぶし、日常的な従業員の解雇などが罪の意識を生み出す。だから、教会で懺悔し、多額の寄付行為で罪を償おうとするのであろう。
「罪の文化」のアメリカは、罪の意識による自制で、社会がなんとか収まっているのだろう。
一方、罪の文化がない日本では、アメリカ流ではうまくいかない。日本文化を称して「恥の文化」であるという。アメリカの文化人類学者にルース・ベネディクトの言葉である。

◆結論は、「罪の文化」×「恥の文化」→2×2=4

以下次号に続く

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