無料ブログはココログ

« どうする日本(その一)世界が再び成長を目指す中で | トップページ | どうする日本(その三)日本の成功原理はもう通用しないのか? »

2012年6月 5日 (火)

どうする日本」(その二)本当は凄い日本の底力

◆日本の奇跡の時代1960年~1980年に日本再生のヒントがある

1960年~1980年は、日本にイノベーション企業が輩出し、奇跡的な高度成長を達成した時代だ。この時代をもう一度見直すことが日本再生のヒントになるはずだ。
この時代に、当初欧米諸国から「日本は欧米先進国の技術を模倣し、ダンピングで成長した」といいう謗りを受けていた。しかし、その後、20年という長きに渡り続いた成長で欧米諸国の見る目が変わってきた。この欧米諸国の見方の変化について、分かりやすく書かれているのがジョエル・バーカー著の『パラダイムの魔力』である。同書の中に、面白い設問がある。
一九六二年に「メイド・イン・ジャパン」と書かれた製品をみたとき、(アメリカ人)はどんな印象をもっただろうか。というものである。設問に対する解答例は以下の通りである。

1962年の日本製品の(アメリカ人)の評価例
  クズ
  ありきたり
  安物
  低品質
  信頼できない
  ローテク
  ブリキ缶
  野暮ったい
  二流
  まがいもの
  安っぼい
  二番目の選択
  間に合わせに買うもの
  粗悪品
  ものまね
  三番目の選択
  模造品
  おもちゃ
  どうでもいいもの
  ちゃち

現在(1990年この書が刊行された頃)同じ設問(「メイド・イン・ジャパン」という言葉から連想するもの)に対する解答例

1990年頃の解答例
  高品質
  先進技術
  高い信頼性
  世界で一番
  精密
  一流
  優秀
  欠陥ゼロ
  低価格
  世界のリーダー
  コピー
  第一の選択
  洗練
  画期的
  お買い得
  ハイテク

参照 ジョエル・バーカー著 仁平和夫訳『パラダイムの魔力』日経BP出版センター(1995年4月10日)

同じアメリカ人による二つの解答例は、全く正反対である。これは、1960年から1980年の日本に起こったイノベーションによる劇的変化を反映している。日本人は、意外にこのことを知らない。現代の若者に1960年から1980年の高度成長のことを話したとき、
「イノベーションといっても欧米キャッチアップでできたんだ」
「一昔前の成功体験だ」
などという冷えた答えが返ってきた。
筆者は、「本当に当時の日本は凄かったんだ」「それは欧米キャッチアップなんてものではなかった」ということを強調した。

今日、日本が行き詰りを見せる中で、その当時の日本がなんで凄かったのかということを明らかにすることが大切だと思う。それが、自信を失いかけ衰亡に向かう日本を甦らせる力になるはずである。

◆デミング博士とTQC(総合的品質管理)

1960年から1980年の日本の奇跡的成長に、デミング博士(W・エドワーズ・デミング)のことを忘れてはならない。彼は1950年から日本の企業経営者に、設計、製品の品質、製品検査、販売などを強化する方法を伝授した。デミングは、日本が高品質製品を製造し経済力を高めるのに多大な貢献をした。

それとともに、デミング博士の教えをもとにして、これを日本文化に適合したTQC(総合的品質管理)に昇華した日本人の底力を思い出したい。
デミング博士は日本人に、品質管理と継続的改善のパラダイムを教えた。日本の産業界は、これを忠実に実行する一方、QCサークルというパラダイムをつくりだした。これは日本の品質管理の父と称される、東京大学の石川馨教授の提唱である。教授は、日本における品質管理、特にTQCの先駆的指導者の一人である。
さらに、そのほかにも数々の経営の革新があり、日本企業は経営と生産の新しい方法を、日本の文化的伝統に適合させていった。

参照 QCサークルとは
職場内で小グループをつくって、自発的に品質管理活動を実践していくこと。この小グループを「QCサークル」と名づけた。1962年、石川馨教授のもと『現場とQC』誌が創刊され、難しいと思われていたQCをやさしい形にして現場へ導入した。石川馨教授は、「品質管理は教育に始まり教育に終わる」との名言を残している。

(以下次号へ続く)

« どうする日本(その一)世界が再び成長を目指す中で | トップページ | どうする日本(その三)日本の成功原理はもう通用しないのか? »

経済・政治・国際」カテゴリの記事