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2011年5月27日 (金)

福島原発の放射能汚染に救世主

◆雨は放射能汚染での恐怖の対象
福島原発の放射能漏れで恐れられているのが雨である。
雨は上空に漂う放射性物質を取り込み、放射性雨となり地上に降下する。そのため雨が降った後は地上の放射線量が増加するのだという。事実、過去の雨後には、放射線量が一時的に増加したことがあった。

しかし、ここに雨と放射能の関係で全く違った事例がある。それは長崎原爆後の雨である。秋月辰一郎著『長崎原爆記 被爆医師の証言』(平和文庫)(単行本 - 2010/12)に、8月9日の原爆投下後の二度の大雨のことが記載されている。秋月辰一郎は、長崎原爆で被爆しながら、一人留まり救護所で大勢の被曝患者の手当を続けた医師である。
その著書の中で、原爆後の二度の雨を「救いの雨」と呼んでいる。

◆なぜ救いの雨だったか
その雨は、大変な豪雨であったという。
一度目の雨は、九月二日から三日にかけて降り続いた。この二日間の雨量は長崎地方には稀有なものだった。測候所では雨量三百ミリ以上を記録し、長崎地方一帯を水びたしにし、被災者を追い打ちした。

二度目の雨は、歴史的な大型台風「枕崎台風」の来襲であった。長崎地方は、猛烈な暴風雨に見舞われた。この台風は、九州南端・枕崎に上陸し、九州を南から北に縦断し、山口県と広島県の境を駆け抜けて日本海に去った。

秋月医師は、「天主の試練もひどすぎる。もういい加減にしてくれ」心の中で叫んだという。

しかし、台風通過後に、秋月医師は次のように述べている。

「不思議なものである。私は他の被爆者たちと台風一過、秋風の中に立った。秋の陽に衣服を乾燥させながら、なにか気持ちがすがすがしかった。これはさきの九月二日の豪雨の後に経験したと同じものであった。いやそれ以上のさわやかさだった。」

当時ガイガ-測定器など持たない秋月医師であったから、地上の放射能を測定して、台風前後の放射能を比較することはできなかった。しかし、この台風を境にして、急に病院付近の死亡者数が減少したという。
秋月医師は、「私をはじめ職員の悪心や咽吐、血便も回復した。頭髪も抜けなくなった。」と述べている。

後に秋月医師は述べている。「この枕崎台風こそ神風であった。次つぎと肉親を奪い去る二次放射性物質、死の灰から被爆地の人びとを救ったのである。」「被爆後四十日(枕崎台風来襲)にして被害はくいとめられた観があった。」

この台風の豪雨で、恐るべき灰が流れ去り、あるいは地中深く沈んだのである。

当初、原爆の跡には、七十年間草木は生えない。まして人間は絶対に住めないという噂が流れたという。これは、原爆実験が行われた米国のネバダ州やアリゾナ州のような砂漠・荒野を想定したものと言われる。雨を考えなければ放射性セシウムやストロンチウムなど(半減期が30年)は、70年以上高い放射線を出し続けることになる。

しかし、梅雨・台風などの大雨が降る日本では大自然の除染が行われるのだ。長崎原爆では、四十日後に来襲した枕崎台風こそ神風(除染台風)であったといえよう。記録的豪雨が一気に降り積もった放射性物質を、一気に海に押し流してしまったのだ。

この台風後にぞくぞくと訪れた学術研究陣は、「地上の放射能は、西山に少量残っている」と報告している。大部分の放射能は流れ去ったのである。

◆原爆後の雨に三つの意味
原爆後の雨には、三つが考えられる。
第一の雨は、原爆の猛烈な上昇気流で積乱雲が沸き上がり、周囲に降らせる雨である。これは「黒い雨」とも呼ばれ、死の灰を含む放射能がきわめて高い。広島や長崎の放射能被害を増大させ、人々に恐れられた。
第二の雨は、原爆後にしとしと降り続く雨である。この雨は、地上に積もった死の灰を洗い集め、低地、下水、河川、などには放射性物質が集積する。
第三の雨は、台風がもたらすような豪雨である。地上に積もった死の灰を一気に海にまで押し流す。

長崎原爆後の枕崎台風は、この第三の雨であり、死の灰を押し流し放射能を低下させたのである。それは被爆地に大雨被害も起こしたが、一方でそれは恐るべき放射能を流す、恵みの雨であり、除染の豪雨であったといえる。

◆梅雨と台風シーズン入り
いま、台風2号が日本を伺っている。その進路によっては、放射能汚染列島に大雨を降らせる可能性がある。二次放射能を洗い流す恵みの雨となることを期待したい。ただし、台風自体の被害を減ずるべく、その対策が求められる。

梅雨入り、台風シーズン入りで、今後も日本列島は、大雨に見舞われることが多くなる。来るベき梅雨と台風の大雨が、被災地に降り積もった放射能を洗い流す「除染の雨」となり、放射能汚染列島の救世主となるはずだ。

◆自然の除染と放射能についての正しい知識
私達は、原発事故の放射能の恐怖に、怯え、身を縮めて生きている。日本の未来に対する悲観論も生まれている。しかし、いま私達に必要なのは、放射能についての正しい知識であろう。
その中で、放射能についても「大自然の除染」があることを心にとどめたい。その大自然の力があったからこそ、過去の人類の暴挙である「数百回に及ぶ核実験」の膨大な放射能も除染され、こうして人類が生息し続けていられるのだ。

各自は、放射能についての正しい知識を持ち、「なすべきこと」、「やりたい事」を、積極的になすことだ。それが未曽有の大震災と原発事故を乗り越える唯一の方法だと思う。

◆福島原発事故で改めて注目される秋月医師の記録
長崎原爆で自ら被災しながら、被爆地に留まり続け医師としての使命を果たした秋月辰一郎の生き方に学びたい。彼は、90歳近くまで長生きし、永年に渡り被爆者の証言の収集を行った。

●秋月辰一郎(あきづき・たついちろう) 1916年~2005年。長崎市万才町生まれ。当時の浦上第一病院医長。53年に聖フランシスコ病院医長、86年顧問。爆心地から1.8kmで被爆、医師として被爆者の治療に当る一方、永年に渡り被爆者の証言の収集を行った。吉川英治文学賞、ローマ法王庁の聖シルベステル勲章、他。著書に長崎原爆記、死の同心円 他がある。

参照
1.『ヒューマン・イノベーション』
http://btrabo01.cocolog-nifty.com/blog/

2.NBC長崎放送 『被爆者の証言11』
1968年11月26日~30日に放送
http://www2.nbc-nagasaki.co.jp/peace/voices/no11.php

3.秋月 辰一郎 著 長崎原爆記―被爆医師の証言 (平和文庫)

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著者:秋月 辰一郎
販売元:日本ブックエース
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