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2011年4月22日 (金)

東日本大震災は防災の革新的転換を求めている

◆今回の大震災は四重の複合型

「なぜ一か月も過ぎて復興見通しが見えてこないのか?」という声を良く聞く。

一か月たったといっても、大震災は複合型であり、しかもいまだ進行中なのである。

今回の震災は、単に被害が広範囲で甚大であるというだけではない。地震、津波、原発事故、電力不足という四重の複合被害である。しかもいずれも現在進行形であり、相互に関連している。

「進行形の被害」
1 地震被害はいまだ強い余震が続き、最大余震が懸念されている。
2 津波は、最大余震で再び大津波の発生の恐れがあるという。
3 原発事故の収束は、まだ6カ月~9か月かかるというが、その実現も危ぶまれている。
4 電力不足は、生産活動と国民生活の足かせになっており、景気悪化が懸念されている。

「相互関連性」
しかもこれら1~4の被害は、相互に関連している。
余震がどれだけ続き、どれほどの強さになるのか、不確定である。専門家は、今回の震源の外側で巨大なアウターライズ地震の発生の恐れを指摘している。マグニチュード(M)9・0の巨大地震の影響で、太平洋プレートに大きな力がかかっているため、過去には最初の大地震の2カ月後に発生した例もあるという。

気象庁は「巨大なアウターライズ地震が発生すれば大津波警報を出すようなケースも考えられる」と話している。

原発事故収束の工程表は、こうした余震や大津波により、どう変わるか不確定である。収束どころか、事故が拡大することさえ危惧されている。

原発事故は電力不足を招き、生産活動と国民生活の大きな足かせになり、景気悪化を招き、復興に悪影響することが懸念される。

現段階で、このように相互関連性が高い四重の複合被害を、全体論的に見通すのは困難である。そこで今は、個々の事象に焦点をあてて、思考するべきであろう。

◆大地震・余震の対策に革新源はないか?

30年以上起きない「東海地震」はミスリード?

「地震予知政策はミスリードだった」「日本の地震研究を見直すときがきた」と提言する研究者が現れた。 東京大学のロバート・ゲラー教授である。教授は東日本大震災の発生を受けて、長年にわたる日本政府の地震予知政策に異論を唱える論文を発表した。その根拠として、過去30年間、日本で大きな被害を出した地震が、政府の予測とは違った場所で起きていることをあげている。そもそもいつ、どこで、どの程度の規模の地震が起きるかなど予測できるはずがない、というのがゲラー教授の指摘である。

ゲラー教授の論文は2011年4月13日、英国の権威ある科学誌「ネイチャー」電子版に掲載された。冒頭で「日本政府は、地震の発生を確実に予測することは不可能だと国民に対して認めるべきだ」「『東海地震』という誤解を招く用語の使用をやめること」「1978年に制定された大規模地震対策特別措置法の廃止」の3点を掲げている。

◆『東海地震』をシンボリックに国民に伝えてきた弊害

ゲラー教授の論旨は、『東海地震』という用語をシンボル化して、大地震は予知できるという予断を国民に与えたと指摘している。
この30年間『東海地震』を強調するあまり、他の地域での地震対策と防災意識は手薄になったのではないか。そこに、今回の東日本大地震は、不意を突くかたちで襲ってきた。
 ゲラー教授のいうように、大地震は、どこでどの程度の規模の地震が起きるかなど予測できるはずがない、という立場に立ち、歴史的に何度も地震大津波に襲われてきた地域について、想定を立ててきたならば、今回の大津波の発生は、想定できたはずだ。それは、前回のブログでも指摘したところである。

◆歴史を超えた検証をもとに全国各地の震災対策を!

1 古文書の検証
地震計による観測記録がない時代の地震検証法として、古文書がある。古文書には、日本各地の大震災・大津波の記録が多数記載されている。そうした記録を辿ると、大震災は周期的にやってくることが読み解ける。その周期が、人間の寿命よりずっと長い。だから「この地方には大地震はこない」などという誤解も生じることがあるのだ。

2 地層学的検証
人の歴史を越えた大地震の記録は、ボーリング調査で解明することができる。大津波の記録は津波堆積物を調べることで、過去何万年ものデーターが得られるという。こうした調査を、全国各地で行うべきだ。これにより、その地域の大地震の周期を明らかにすることができる。
どこに、いつ、大地震がくるかを予知するという考え方を転換して、全国どこにでも大地震はある、問題はその周期だという立場にたつことだ。もしそうした立場に立っていたら、東日本大震災への備えは変わっていただろう。「想定された大地震の一つがやってきた」ということになる。

3 地震活動期という考え方
長いスパンの記録を見ると、地震が頻発する時期(活動期)と、地震が少ない時期(静穏期)があるという。さらに大規模地震が起きるもっと長い周期の大規模地震活動期があるという説もある。

米テネシー州で開かれている米地震学会での発表によると、米ニューメキシコ鉱工業大のリック・アスター教授らのチームは、地震計の観測記録がある1900年以降の世界のM7以上の約1700の地震記録を分析した。その結果、「1950~67年」と「2004年以降」は、M7以上の大地震・巨大地震の発生が統計的に多い時期であることがわかったという。
 
◆日本の地震の活動期は20~40年周期

日本の地震にも活動期と静穏期の周期性がある。
1896年の明治三陸地震以後、1923年の関東大震災までの27年間は「静穏期」で、大きな地震は起きていない。
しかし関東大震災以降の25年間は、昭和三陸地震、東南海地震、南海地震などM8近くの大震災が頻発した。
1948年以後は「静穏期」に入り83年の日本海中部地震まで、大きな地震は起きていない。この静穏期に日本は高度経済成長を遂げた。
1995年の阪神・淡路大震災以降、地震活動期に入った。今回の東日本大震災は、日本列島が、20~40年周期の地震活動期に入った結果である。つまり、今回の大地震は単なる一過性のものではないことになる。この活動期に、東日本大震災クラスの大地震が東南海地方を襲う可能性も指摘されている。

◆震災対策を革新することが必要だ

活動期入りした今日、災害対策、とりわけ原発の安全対策は抜本的に見直す必要がある。その前提は、従来のように、どこに、いつ、大地震がくるかを「予知」するという考え方ではなく、「全国どこにでも大地震はある、問題はその周期だ」という立場に転換することだ。この大前提の転換から、震災対策を革新することが必要だ。

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