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2011年4月

2011年4月29日 (金)

大震災の復興を国家百年の礎としよう

◆日本のシステムを震災前より効率化する再構築を目指したい

東北関東大震災の被害額は、15~25兆円と巨額に上ると内閣が試算した(2011年3月23日)。これはすでに阪神・淡路大震災時の約10兆円の被害額を大きく上回る。
しかし、これは、損壊した道路や港湾、電気やガス、水道などの社会インフラと住宅、企業の工場設備などの建物、農地などの被害額についてである。福島第一原発事故による経済活動の損失、電力不足の生産と消費への影響、内外の風評被害などは織り込んでいない。今後、全容が明らかになるにつれて、さらに大幅に被害額が増えることが予想されている。

すでに各方面で今後の復興をどうするか、いろいろな考え方が示されている。ただあまりに膨大な被害である。当面は復旧が中心になろうが、単に元通りに復旧するというだけでは、意味がないといえよう。

◆アウト・オプ・ボックス

ブレークスルー思考の一つに、「アウト・オプ・ボックス」という考え方がある。問題が生じてしまった現在の閉じたシステムから飛び出して考えようということである。東日本大震災のボックスは、被災地のシステムである。この被災地のシステムに焦点をあててその復興を考えていたのでは、所詮復旧と五十歩百歩の違いしか出てこない。そこに新たな価値は期待できない。

そこで、被災地の東北の復興というボックスを飛び出して、全国を再構築するという、大きなスケールの復興計画が必要と考えられる。
例えば、東北の被災地の再構築を、一極集中の首都圏の再構築と、一体化して進めるということも考えられる。その中には、首都機能の一部を東北地方に移転することで、地域経済を活性化することも考えられよう。

また、全国レベルで生産・流通システムの再構築をはかり、新たな東北地方の位置づけを行うことも考えられる。

この大震災を国家百年の計の礎とすることで、震災前より、より効率的な日本のシステムを構築することにつなげたいものだ。それが大きな犠牲に報いることだと思う。

こうしたことを、次の三つの視点を綜合して考えたい。

◆三つの視点

東北地方にホーカス
日本の中の東北地方にホーカス
世界の中の日本にホーカス

日本の中の東北地方にホーカスした解決策が最善であるとはいえない。それが世界の中の日本にとってどうか。つまり、世界と競争しなければならない日本の将来にとってどうかを問わなければならない。世界は同情してくれていても、競争に手心をくわえてはくれない。世界は、競争相手としての日本の復活に期待してくれているのだ。

2011年4月22日 (金)

東日本大震災は防災の革新的転換を求めている

◆今回の大震災は四重の複合型

「なぜ一か月も過ぎて復興見通しが見えてこないのか?」という声を良く聞く。

一か月たったといっても、大震災は複合型であり、しかもいまだ進行中なのである。

今回の震災は、単に被害が広範囲で甚大であるというだけではない。地震、津波、原発事故、電力不足という四重の複合被害である。しかもいずれも現在進行形であり、相互に関連している。

「進行形の被害」
1 地震被害はいまだ強い余震が続き、最大余震が懸念されている。
2 津波は、最大余震で再び大津波の発生の恐れがあるという。
3 原発事故の収束は、まだ6カ月~9か月かかるというが、その実現も危ぶまれている。
4 電力不足は、生産活動と国民生活の足かせになっており、景気悪化が懸念されている。

「相互関連性」
しかもこれら1~4の被害は、相互に関連している。
余震がどれだけ続き、どれほどの強さになるのか、不確定である。専門家は、今回の震源の外側で巨大なアウターライズ地震の発生の恐れを指摘している。マグニチュード(M)9・0の巨大地震の影響で、太平洋プレートに大きな力がかかっているため、過去には最初の大地震の2カ月後に発生した例もあるという。

気象庁は「巨大なアウターライズ地震が発生すれば大津波警報を出すようなケースも考えられる」と話している。

原発事故収束の工程表は、こうした余震や大津波により、どう変わるか不確定である。収束どころか、事故が拡大することさえ危惧されている。

原発事故は電力不足を招き、生産活動と国民生活の大きな足かせになり、景気悪化を招き、復興に悪影響することが懸念される。

現段階で、このように相互関連性が高い四重の複合被害を、全体論的に見通すのは困難である。そこで今は、個々の事象に焦点をあてて、思考するべきであろう。

◆大地震・余震の対策に革新源はないか?

30年以上起きない「東海地震」はミスリード?

「地震予知政策はミスリードだった」「日本の地震研究を見直すときがきた」と提言する研究者が現れた。 東京大学のロバート・ゲラー教授である。教授は東日本大震災の発生を受けて、長年にわたる日本政府の地震予知政策に異論を唱える論文を発表した。その根拠として、過去30年間、日本で大きな被害を出した地震が、政府の予測とは違った場所で起きていることをあげている。そもそもいつ、どこで、どの程度の規模の地震が起きるかなど予測できるはずがない、というのがゲラー教授の指摘である。

ゲラー教授の論文は2011年4月13日、英国の権威ある科学誌「ネイチャー」電子版に掲載された。冒頭で「日本政府は、地震の発生を確実に予測することは不可能だと国民に対して認めるべきだ」「『東海地震』という誤解を招く用語の使用をやめること」「1978年に制定された大規模地震対策特別措置法の廃止」の3点を掲げている。

◆『東海地震』をシンボリックに国民に伝えてきた弊害

ゲラー教授の論旨は、『東海地震』という用語をシンボル化して、大地震は予知できるという予断を国民に与えたと指摘している。
この30年間『東海地震』を強調するあまり、他の地域での地震対策と防災意識は手薄になったのではないか。そこに、今回の東日本大地震は、不意を突くかたちで襲ってきた。
 ゲラー教授のいうように、大地震は、どこでどの程度の規模の地震が起きるかなど予測できるはずがない、という立場に立ち、歴史的に何度も地震大津波に襲われてきた地域について、想定を立ててきたならば、今回の大津波の発生は、想定できたはずだ。それは、前回のブログでも指摘したところである。

◆歴史を超えた検証をもとに全国各地の震災対策を!

1 古文書の検証
地震計による観測記録がない時代の地震検証法として、古文書がある。古文書には、日本各地の大震災・大津波の記録が多数記載されている。そうした記録を辿ると、大震災は周期的にやってくることが読み解ける。その周期が、人間の寿命よりずっと長い。だから「この地方には大地震はこない」などという誤解も生じることがあるのだ。

2 地層学的検証
人の歴史を越えた大地震の記録は、ボーリング調査で解明することができる。大津波の記録は津波堆積物を調べることで、過去何万年ものデーターが得られるという。こうした調査を、全国各地で行うべきだ。これにより、その地域の大地震の周期を明らかにすることができる。
どこに、いつ、大地震がくるかを予知するという考え方を転換して、全国どこにでも大地震はある、問題はその周期だという立場にたつことだ。もしそうした立場に立っていたら、東日本大震災への備えは変わっていただろう。「想定された大地震の一つがやってきた」ということになる。

3 地震活動期という考え方
長いスパンの記録を見ると、地震が頻発する時期(活動期)と、地震が少ない時期(静穏期)があるという。さらに大規模地震が起きるもっと長い周期の大規模地震活動期があるという説もある。

米テネシー州で開かれている米地震学会での発表によると、米ニューメキシコ鉱工業大のリック・アスター教授らのチームは、地震計の観測記録がある1900年以降の世界のM7以上の約1700の地震記録を分析した。その結果、「1950~67年」と「2004年以降」は、M7以上の大地震・巨大地震の発生が統計的に多い時期であることがわかったという。
 
◆日本の地震の活動期は20~40年周期

日本の地震にも活動期と静穏期の周期性がある。
1896年の明治三陸地震以後、1923年の関東大震災までの27年間は「静穏期」で、大きな地震は起きていない。
しかし関東大震災以降の25年間は、昭和三陸地震、東南海地震、南海地震などM8近くの大震災が頻発した。
1948年以後は「静穏期」に入り83年の日本海中部地震まで、大きな地震は起きていない。この静穏期に日本は高度経済成長を遂げた。
1995年の阪神・淡路大震災以降、地震活動期に入った。今回の東日本大震災は、日本列島が、20~40年周期の地震活動期に入った結果である。つまり、今回の大地震は単なる一過性のものではないことになる。この活動期に、東日本大震災クラスの大地震が東南海地方を襲う可能性も指摘されている。

◆震災対策を革新することが必要だ

活動期入りした今日、災害対策、とりわけ原発の安全対策は抜本的に見直す必要がある。その前提は、従来のように、どこに、いつ、大地震がくるかを「予知」するという考え方ではなく、「全国どこにでも大地震はある、問題はその周期だ」という立場に転換することだ。この大前提の転換から、震災対策を革新することが必要だ。

2011年4月15日 (金)

大震災復興で必要なのは行動力とブレークスルーの機会発見力だ

◆復興で必要なのは思考主義ではない、行動発見主義だ

東日本大震災でまるで日本の時間が止まったように感じる。これまで、信じてきた未来の方向が、見えなくなってしまった。産業政策優先の自民党から、国民生活優先の民主党への政権交代も、エアポケットに落ち込んでしまった感がある。

これからどうなるのか、どうすべきなのか、いかに素早く方向性を見付けるかが問われている。

とにかく今はまだ行方不明者、安否不明者を探し、避難民を救護するという行動力が要求される。それが一区切りついたら生活再建と復興期になる。本格的に復興が始まるのはいつ頃か、いまは見通しがつかないが、必ず復興が始まる。

そのとき、どんな復興方針とするのか、もう考えておかなければならない。

◆復興が復旧の延長線になっては元の木阿弥である 

三陸地方は、過去に何度も震災津波の被害を受けてきた。
筆者は、小学生のころから気象や災害に関心があり、毎日欠かさず気象観測の記録をとっていた。中高生になると、気象クラブに入り、地元の農家向に「低温や霜の情報」を提供し重宝がられていた。そうした活動に地元気象台も協力してくれて、過去の気象や災害の詳しいデーター集を提供してくれた。そのなかに、『気象と天災』という本があった。そこには、今回と同じくらいの規模の大津波が三陸海岸を襲ったという記録があった。最大波高さ38メートルという巨大津波で万余の犠牲者が出たことが記されていた。

今回の東日本大震災で、未曾有とか想定外という言葉をよく耳にする。しかし、筆者には、今回の大津波を、未曾有とか想定外とかいうのは解せない。過去の事例から十分想定できるはずだった。

明治三陸津波が最大38.2m、昭和三陸津波が28mである。それなのに、なぜ、人々は、今回の津波を想定外というのだろうか?

◆ここに防災の隘路がある

過去の津波が38mでも、それは最悪の特別な場所のことだ。今後そんな津波はやってこないだろう。あるいはここにはそんな大津波はこないだろう、などと解釈し、過去の事例と異なる想定をしてしまったのではないか。想定を人間がこしらえてしまったともいえる。
そうでなければ、被害を受けた場所に、5~10m程度の堤防をつくり、再び町を再建するなんて考えられない。

この不合理な想定がなされた理由は、何なのか。三陸海岸にもっと高い堤防を巡らすという案、或いは、全ての住居を津波がこない高台に移すという案も出されたと聞く。しかし、それらが技術的に可能でも、時間的、経済的に困難だったのではないか。被災者は、一日も早い生活再建を希求している。その中で、悠長な復興計画を待ってはいられなかったのだと思う。こうしたことから、過去の津波を希望的観測あるいは観察をいれて解釈し、現実的な想定をせざるを得なかったのではないだろうか。

今日では、過去の津波の記録を遡って研究できるようになった。それはボーリング調査をして、津波堆積物の分布を調べるという方法である。それによると、三陸では過去に何度も、陸地深く到達した津波があったことがわかったという。

◆復興の第一は津波の想定の根本的見直し

復興計画の大前提として、今回の東日本大震災の津波はもちろん、過去の津波記録も参照して、新しい津波想定をつくることが必要だ。もちろん、そこに希望的観測など考慮に入れないことだ。想定は人間の都合で決めてはならないのだ。自然は人間の都合に合わせてくれないのだから。

◆行動力と全く新しい発想が必要だ

次に必要なのは行動力とブレークスルー機会の発見力だ。
この未曾有の国難は、既存のシステムを改善することでは解決困難であろう。
いま、厳しい津波想定のもとで、復興についてのブレークスルーのアイデアが必要なのだ。
そのブレークスルーの機会は、座して思考していたのでは得られないことは、ブレークスルー思考法の教えるところである。まず、当座の復旧への行動に全力を尽くすことである。その行動力の延長線上に全く新しいブレークスルーの機会が発見されるはずだ。改善型の「慎重に思考してから行動する」のではなく、まず行動しその中から機会を発見しブレークスルーのアイデアを得るのだ。

◆いまブレークスルー学者にできること、なすべきこと

我々ブレークスルー学に携わるものがいまできることは、懸命に闘っている現場の声、映像、データーなどを、ブレークスルー思考法に照らすことで、新しいアイデアを生み出すことだと思う。そのアイデアが既存のシステムを前提としたらそれは改善型のアイデアになってしまう。ブレークスルーのアイデアは、前提のシステム自体を変えて、新しいシステムを創造するものだ。
現実に押されて、復興計画を歪曲させてはならない。それでは、復旧止まりになってしまうではないか。もし、今回の復興がそうなれば、いずれ次の津波で再び壊滅的被害を受けることになるはずだ。

◆大津波地震の頻度

大津波地震の頻度は、明治以降だけでも、次の三回ある。

明治三陸地震(めいじさんりくじしん)は、1896年(明治29年)観測史上最高の遡上高である海抜38.2mの津波。

昭和三陸地震(しょうわさんりくじしん)は、1933年(昭和8年)津波の遡上高海抜28.7m

東日本大震災2011年(平成23年)遡上高海抜37.9m

その間隔は、37年と78年である。もっと過去に遡ると、数十年~数百年の周期で、三陸大津波が押し寄せているという。

◆復興イノベーションを起こそう

今日、観測技術の進歩で、三陸には地震津波が周期的にやってくることが明らかになっている。もう今までのように元通りに町や集落を再建するという復興では意味がない。堤防を高くするという技術的解決策にも限界がある。前例、常識、既成概念を破るブレークスルーによる「復興イノベーション」が求められる。復興イノベーションとは、復興で、「新しい価値を創造する」ということである。復興で元通りにするというのではなく、被害額以上の新しい価値の創造を目指したいものだ。それが、多くの犠牲に報いることだと思う。

BT総研は、長年、ブレークスルー思考とイノベーションの研究を続けてきた。この国難にあたり、その研究を活かした様々な提案を行っていきたい。同時に、現状をブレークスルーし、新しい価値を生みだす手法についても解説していきたいと思う。そうした手法が、新しいブレークスルーのアイデア創出に役立つことを願いたい。

2011年4月 8日 (金)

大震災復興を日本再構築の機会につなげよう

◆復興への行動を通して日本のあるべき姿を探索する

日本は、歴史的震災と津波、そして原発事故、さらに電力不足という、三重の危機にひんしている。どう活路を開いていったらいいのだろうか。

まず復旧、その後に、復興計画ということになるが、これだけ被災地が広範囲だと、被災地だけを考えていたのでは十分ではない。その復興は、これからの日本のあるべき姿を見据えたものであることが必要だ。

◆日本のあるべき姿を考える
日本のあるべき姿とは何かを考えるのに、近年の日本の軌跡をたどることで、その延長線を探ってみよう。すると、そこに、二つの方程式が見えてくる。

○自民党政権時代の方程式
長く続いた自民党政権だが、その柱は、底上げ戦術と景気対策であった。
その方程式は、
科学技術の発展→経済成長→国民生活に還元
である。
つまり、産業政策を優先し、産業界を潤すことで、間接的に国民生活の向上を促そうというものだった。この方程式は、1980年代までは、うまくいっていた。
ところが1,990年から1,991年にかけて株価と地 価のバブルは崩壊。経済成長が停滞、失われた20年になった。その間、公共事業による景気対策と、イノベーション促進による底上げ戦術を図ってきた。

この間、「科学技術創造立国」を目指した日本は、科学技術基本法のもと、第 1 期、第 2 期基本計画で 17 兆円と 24 兆円(実質 21 兆円)という膨大な資源を投入した。産学官連携ジャーナル Vol.2 No.3

しかし、その結果はどうだったか。失われた20年といわれるように経済は停滞したままである。科学技術創造立国の目論見も未達成といえる。そして積み上がったのは800兆円を超す財政赤字である。底上げ戦術は失敗し、格差など痛みを国民に与えることになった。愛想つかした国民は、とうとう自民党政権を見限った。

○民主党政権の方程式
歴史的な政権交代を果した民主党の方程式はどうなのか。
キーワードで表すと
「政治主導」 「生活が一番」 「直接給付方式」
しかし、財源不足が露呈し、マニフェスト実現が困難になった。そこで出てきたのが消費税の増税路線である。これが参院選で不評をかい、敗戦。政権運営困難になった。

民主党政権は、国も企業も余裕がない、という現実にぶちあたっている。国は財政赤字に、企業はグローバリズムの激烈な競争にあえいでいる。その中で、民主党政権は、社会保障と税の一体改革、TPPなどに活路を求めようとしている。

そこにまさに国難。東日本大震災、原発事故と電力不足である。傷んだ国、企業、国民生活をどうケアしていくか待ったなしである。民主党は活路を見いだせるのか。それができなけれ再び政権交代以外ないだろう。

◆あるべき姿が見えてこない
このように考えると、自民党、民主党のいずれの方程式にも、日本の未来のあるべき姿が見えてこない。つまり、現状とその延長線上に、日本の未来は拓けそうもない。
 すると残された道は、現状をブレークスルーすることしかない。では一体、何にブレークスルーの機会を求めたら良いのか?
 しかし、考えていただけではアイデアは出てきそうもない。それがあるなら失われた20年はなかったはずだ。
もう慎重に計画をたて、積極的に行動するという(PDCA:プラン→ドウ→チェック→アクト)は通用しないのだ。

 では一体どうするか、その方法が一つある。ブレークスルー型の行動である。つまり計画を立てるより「まず探索的行動」ありきである。まず行動、そしてその行動を通して学習することである。まず行動し、その行動からブレークスルーの機会を見付けることだ。

◆大震災復興の行動から日本のあるべき姿を思考する
 我々の前には、大震災の復旧、そして復興という待ったなしの行動が求められている。その大震災復興に国力の全て、国民の総力をかけることだ。国も、自治体も、企業も、そして一人ひとりの国民も、「いまなすべきこと」、「いまできること」を考え、行動に移すときだ。それぞれが、その行動を通して日本再構築の機会が何か思考するのだ。そうした中から、日本再構築のブレークスルーの機会が見出されるはずだ。

2011年4月 4日 (月)

ロボット先進国が泣く福島原発事故

◆福島原発事故になぜロボットが登場しない?

ロボット先進国を自負する日本、こんな放射線事故でも活躍できるのがロボットのはずだった。核事故、化学事故など人が近づけない危険な場所で活躍するロボットが開発されていると聞いていた。TVなどでも何度かそんなロボットのことが放映されたのを覚えている。いまこそロホットの登場のチャッスなのだが、これまで出てこないというのはどうしたことか。
 この危機に、もしロボットが活躍したら、それこそ、ロボット先進国を世界に印象付け、ロボット立国につなげるチャンスになるはずだ。
 ロボットが登場しないのは、まだ実用化できていないということか。

 見かねた米、仏、独は、ロボットの提供を申し出ているという。最初に事故現場で働くのはこうした海外から提供されるロボットになるのだろうか。ロボット先進国が泣く。

 各国では、危険な作業をロボットに置き換えることを戦略的に進めている。しかし、日本は、核事故は起きないという想定のもと、万一に備える準備を怠ってきたようだ。日本はロボット技術そのものでは負けていないはずだ。これからは、災害、事故などで活躍するロボット開発を国家的目標とすべきではないか。

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