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2015年4月17日 (金)

変化の加速を考える

◆変化と安定との中間に安らぎがある?

人間とは不思議なものだ。
毎日が変化がなくて退屈だ、と変化を求める。一方、変化が激しくなると安定を求める。
株式市場のことを考えると、相場が安定して変化がないと何か事件が起きて相場が変動してもらいたいと考える。ところが、株価が高騰暴落を繰り返すと、安定してくれと願う。
どうも、変化と、安定との中間に人は精神的な安らぎを感じるようである。

◆開発

近頃の IT 産業の進歩はすさまじい。その進歩は、加速している。
つい30年ほど前に私は、文献検索システムの研究をしていた。当時は、 Google などの検索システムはなく、コンピューターもまだ、穴あきテープで動くという初歩的な代物だった。当時の検索の主流は、穴あきの ピーカーブーカードというものだった。
皆さん、覚えておられると思いますが、アメリカの大統領選挙でこのカードシステムが使用されていた。
ブッシュとゴアとか大接戦となり、疑問票の数え直しという事態になった。その時に選挙管理者がカードを一枚一枚かざして眺めている光景か放映された。当時の投票はパンチカードが用いられ、候補者の欄に穴を開けるという方式だったからだ。ブッシュとゴアのどちらに穴が開いているかカードをかざして確認したわけだ。コンピューター先進国のアメリカがこんなカードの投票システムをまだ採用してるなんて、ちょっと滑稽だった。コンピューターより物理的な穴の方が確実だと考えられたのだろうか。
これと同様に穴あきカードを使って文献検索を行うというのが当時、私が研究していた検索システムだ。図書館の文献を分類とキーワード情報で検索するものだった。そのシステムは、大統領選挙の投票カードよりも複雑なものだが、基本的には、違いがない。沢山の穴の組み合わせで必要な情報のカードを選び出すというものだ。沢山のカードのどの穴があっているのか、ソーターという棒や光で調べるものだ。このカードは精一杯情報を詰め込んでも、せいぜい分類といくつかのキーワードだった。当時は、これが最も進んだ検索システムだったのだ。

◆米国から驚きのリポート

そんなある日、米国の研究機関からリポートが届いた。それは、フルテキストサアチングというタイトルで、図書館のすべての文献を読み込み、その全文を検索するというものだった。まあ、Google 検索の原型みたいなものでした。当時のコンピューターはパンチカードで入力する代物でしたから、このリポートを見た私たちは、とても実現不能だよね、と思ったものだった。
ところが、どうだろう。その10年後には、この全文検索システムが実現したのだ。それには、コンピューターの画期的な進歩があった。そして、今はどうだろう。インターネットに飛び交う天文学的な情報がたちどころに検索されてしまうようになった。
こんな進歩は、当時私たちが研究していた時代には、予想もできないことだった。
一昔前に誰も予想できないことがどんどん実現していく。例えば、一昔前は、海外に電話をかけるのは一体幾らかかるのかと、ヒヤヒヤものでしたが、今では海外と自由に通信できるスカイプがある。
カーナビで自分の行く先が案内表示され知らない場所でも迷うことがない。
それより携帯ですね。一昔前のこと、移動通信という物々しい名前の通信手段が高級車に取り付けられたのだが、今は誰でも携帯電話を持ち歩き、どこでも誰とでも通信できるようになっている。
コンピューターの進歩は、爆発的。私が研究していた30年前、ある会社のコンピュータールームを見学したことがあった。空調が効いたその部屋には、大型のコンピューターが何台も並び、唸りをあげていた。この唸りは情報入力のための穴あきテープの回る音だった。担当者は、コンピューターを冷やすのに大量の電気が消費されるんだ、といっていた。
ところが、今は、この大規模なコンピュータールームのシステムが、個人用のパソコンで実現されてしまっているのだ。最近、縁あって、その会社を再び訪れたことがあったが、担当者は、まだ、そのコンピュータールームは、保存されているんだ、といっていた。それは、会社見学に来た人が見るものがないからだという。今のコンピューターは見学させるところがないんですよ。仕方がないので、このコンピュータールームに案内するんです、という。

◆コンピューターの未来

その昔、何十億円もかけて作られた。コンピューターよりも、皆が持っている。パソコンの方が性能がいい。それが、コンピューターの進歩、まさに爆発的な進歩だ。この進歩は、さらに加速している。コンピュータの未来は予測できないくらいだ。

2015年3月27日 (金)

イノベーション促進に3Mを無くせ

◆世の中、無理、無駄、斑(3M)だらけ

○ 社会は、無理なことだらけ

介護の無理
高齢者が高齢者を介護する
子供が親の介護で仕事を辞める
もっと過酷な例は高齢になった親が若年の子供を介護しているという

女性が輝く社会の無理
要は女性も男と同じに働けということ。
女性の仕事が重くなり、結婚育児がままならず
女性が35過ぎになってからはじめて子供を産みたいと思っても、不妊治療が必要になることが多い。そのため多額の医療費がかかってくる。
保育所不足で待機児童になり、親も仕事ができなくなる
女性は結局、家事も要求される無理

これらはいずれも無理なことである。今日、この無理が社会をゆがめている。

○ 無駄なこと

今の社会で、無駄なことも沢山ある。
例えば、まだ、働く意欲があり働けるのに60歳を過ぎたら、定年退職になり、仕事がなくなること。

障害があるからといって、就労できないこと。障害者が一生施設で過ごすことになると2億円の公費がかかると言う。障害者でもそれぞれの特徴を生かしてできる仕事は沢山あるはず。もし、障害者の雇用があれば2億円の公費負担もなくなり、その上、障害者の労働価値が生み出される。

掘ったり埋めたりの道路工事
今日は水道工事、埋め戻してからガス工事、その後電気工事ですと、掘り返してばかり。

コンビニもスーパーも、賞味期限で捨てられる商品の山

○ 斑なこと

今の社会で、斑なこと
例えば、雇用のミスマッチ。
事務職希望者が押しかけているのに、求人があるのはサービス産業ばかり。

農業を希望する若者がいるのに耕作地が得られず、一方で農村では、高齢化が進み田畑が荒れていくばかり。

一番資金が必要な若者に資金がなく、もう資金需要が乏しい高齢者に資産が偏っている。

東京に一極集中、田舎は過疎化が進むばかり

○ このような無理無駄斑をなくせば、それが大きなイノベーションに繋がるはずだ

2015年3月10日 (火)

イノベーションか戦争か

◆なぜ戦争が起きるのか

この3月来日したドイツのメルケル首相談「もう戦争はないだろうと思っていたのに、ウクライナで戦争が・・・」。

そこで、文明社会でなぜ戦争が起こるのかを考えてみたいと思います。

◆知的野生と暴力的野生

文明社会の秩序に入れない性質が野生です。野生がそのまま発揮されれば、野蛮、野卑にも通じることになります。しかし、文明社会が野生を求めることがあります。それは、出来あがった秩序と枠組みがうまく機能しなくなった時です。既存の枠組みを破壊して新しい枠組みをつくる必要にせまられるからです。その際、既存の枠組みを突破する全く新しいアイデアが必要になります。この全く新しいアイデアが、波及して社会や経済に新しい秩序をつくり上げるのがイノベーションです。
では、もし、イノベーションを起こす新しいアイデアが得られなかったらどうなるでしょうか。
世界は既存の枠組みがどうにも我慢がならない事態にまで進みます。そして、混乱、戦争ということになってしまいます。その戦争による破壊で既成の枠組みが消滅し、新しい枠組みの構築が行われます。過去二回の世界大戦は、この図式でした。
日本では、過去の世界大戦による破壊によって、新しい枠組みが作られ、再生を果したのです。
こう考えると、イノベーションの成否が、戦争を回避できるかどうかに大きな影響を与えているということが分かります。イノベーションは、知的野生の結果であり、一方、戦争は、暴力的野生の結果なのです。

◆現代社会が求めている野生

現代文明社会が求めるのは、知的野性であることは言うまでもありません。ここで、イノベーションは、知的野生が生み出す結果であることに注目したいものです。知的野生が、既成の枠組みを突破する新しいアイデアを生み出し、それが社会経済を変えていくのです。
ところが、このところのイノベーション論議をみていると、科学的知の高度さばかり求めています。そこに野生という要素が欠けています。野生がなければ既存の枠組みを突破する力に欠けることになります。既成の枠組みに飼いならされた単なる知では、いかに高度なものであろうとイノベーションは起こせないのです。
野生という要素が欠けていることが、このところの我が国企業の国際競争力低下につながっているのではないでしょうか。
過去の歴史を見ると、日本の国民性は、既成の枠組みにとらわれやすい特徴があるようです。世界一長寿企業が多い、中には平安時代から続く企業もある。一旦出来た枠組みが長く続くということは、イノベーションが阻害されることを表しています。

◆野生的模倣が日本の過去のイノベーション

日本にも過去二度のイノベーション時代というべきものがありました。一つは、明治維新以降の西洋文明の取り入れ期です。二度目は、太平洋戦争後の復興期以降、1970年から1980年です。いずれも、欧米キャッチアップではないかという批判はあたらないでしょう。見習うものがあれば見習う、唯模倣するのではない、和魂洋才の思想のもと、見事に欧米思想と技術を日本化しています。
ドラッカーが言った。「西欧の日本化だ」と。
イノベーションの理想像としてもてはやされているジョブズの業績も、模倣からの創造なのです。イノベーションは基礎技術から開発しなければならないなんていう縛りはない、出来あがったものの革新性が問われ、それが社会経済を変えていくかどうかです。
1980年以降の日本は、基礎技術からの開発に拘りすぎたために、イノベーションに遅れたということができるでしょう。
イノベーションは結果です。革新的アイデアの普及によって社会経済に新しい枠組みが形成されるかどうかなのです。そこに野生的模倣があります。イノベーションの本質は普及による社会変革にあるのです。
参照 エペレット・ロジャース著 三藤利雄訳『イノベーション普及学』産能大学出版部 2007年10月16日

2015年2月28日 (土)

グローバル時代は『考える力が一番』

◆世の中は五里霧中の状態
いろんな予測があるが、予測を追いかけていたのではどうしようもない。予測し、不安がるよりも、どんな世の中になっても、生き抜く力をつけることがポイントです。
私たち現代人の生き抜く力とは、「考える力」である。何をどのように考えるか、それで、人生もビジネスも決まるのです。
これからのグローバル時代は、一層、考える力が重要になります。
金融緩和のインフレ策で、生活はどうなる?、少子高齢化の社会不安、1000兆円という財政赤字はどうなるの。地球環境はどうなるの、エネルギーは、まさに先のことは、五里霧中の状態である。一体どうしたらいいのか。思案していても仕方がない。どんな時も対応できる思考力をつけることです。
◆そんな思考力はどうしたらつくのか
人類の思考力の最大の情報源は何か。それは、何百万件という特許情報です。その特許情報から、考える力がどんなものか知ることができます。
ものの考え方は無数にあるようでも、いくつかのパターンがあることが分かります。そのパターンを知れば、新しい状況の中でも、考える力を発揮できるようになるはずです。
Trizは、そんな考え方のパターンを数百万件もの特許を調べるという気が遠くなるような努力で、明らかにしたといいます。
◆パターン化される知とパターンを超えた思考力
筆者は、さらに、それらのパターンの代表例を精査することで、考える力の源泉を明らかにしてきました。「考え方のパターン」と「考える力の源泉」この二つを知ることで、私たちは、グローバルで変化の激しい時代を生き抜く思考力をつけることができます。
考える力の源泉には、人類の本能から生まれた「野生の思考」にあります。それは、パターン化されない、或いは、パターンを超えた思考力です。
これから私たちは、思考力と野生力の二つの力をつけることが必要なのです。
パターン化される知と、されない知この二つを知ることです。それは、理性の知と野生の知ということもできましょう。

2015年2月13日 (金)

ロボットがアベノミクスを妨害する

◆アベノミクスの問題を探る
  第1の矢 大胆な金融政策
 第2の矢 機動的な財政政策
 第3の矢 民間投資を喚起する成長戦略
金融緩和で流通するお金の量を増やし、、デフレマインドを払拭
大規模な経済対策予算によって、政府がみずから率先して需要を創出
規制緩和などによって、民間企業や個人が真の実力を発揮できる社会へ
◆思うようにデフレ脱却できないのはなぜ?
さて、それなのに依然として思うようにデフレは脱却できていない。政府が音頭を取ってベースアップを民間企業に約束させようとやっきになっている。しかし、思ったような賃上げは実現できていない。
従来の常識では、これだけの金融緩和になれば、インフレが起きるはずである。それが起こらないのは、賃金が上がってこないからだと政府は考えている。
生産性が上昇すれば賃金上昇に繋がるはずだ。それが上がってこないのには、一つ無視できない大きな要因がある。それがコンピューター化とロボット化の進展である。
現在の生産現場におけるコンピューターとロボットの普及は、すさまじい。生産現場から人がどんどん減っている。それなのに生産は増大している。だから、労働者1人当たりの生産性は著しく上昇しているはずである。当然、賃金が上昇してよいはずである。
ところがそうならないのは、ロボット化による生産性向上が製品の価格低下に向かっているからだ。ロボットは、24時間働き続ける。ロボットは、賃金を必要としない。だから働けば働くほど製品価格が低下する。これで、デフレの犯人の1人が、ロボットであることが分る。
金融を緩和し、機動的な財政運営を行ったとしても、昔のようにインフレが起きなくなっているのはこのロボット化による生産性の著しい向上である。
ロボット化の生産性による利益がどう流れるのか。その仕組みづくりがこれからの経済にとって重要
考えてみて欲しい。
10人の社員の会社に、10台のロボットが入った。10人の社員は従来通りに働いている。10台のロボットは、昼夜兼行、24時間働き続けて、しかもミスはない。ロボットは初期投資をすれば、あとは賃金が不要である。ロボットの生産性は、従業員の10倍あった。このとき、生産性が11倍なったんだから賃上げしてくれと要求したとする。その時、経営者は、生産性の向上はロボットの働きだとして、賃上げは認めず、ロボットを20台に増やし、従業員をラインから外してしまった。
こんなことが、全国各社で起こっている。
私が、40年ほど前半導体研究所に勤めていた頃、工場には5000人の半導体の組み立て女子工員がいた。ところが、後に、その会社を訪れたときには、女子工員の姿はない。ロボット化されたラインを管理する技術者が数名いるだけであった。あの女子工員たちはどこに行ったのか。
こんなことが、各社の製造部門で起こっていることだ。
会社はロボット化で大きな収益を上げているはずである。しかし、これに関与する従業員はほとんどいないのである。半導体の価格はつるべ落としで下がっている。賃上げに預かるはずがない。
◆デフレ脱却の大きな要因
このロボット化による価格の低下があらゆる産業に波及している。これが昨今のデフレの一番大きな要因だ。
アベノミクスで政府が賃上げの音頭を取っても思ったように上がらないのは道理である。アベノミクスはロボット化で足を引っ張られているのである。
ロボットは、賃金も退職金も要求しない。これと人間が張り合うのは不可能なのだ。

2013年11月 7日 (木)

本田の「個の力」発言以降凋落する日本サッカー

◆FIFAランキングも低下を続ける(9月、日本 42位に後退 )

W杯のアジア予選で勝利した後、祝勝会で、本田が発言した。
「僕たちはきずなはもともと持っている。だからあとは個の力を高めることだ」という趣旨の発言をしだ。その場の祝賀ムードは一変した。以来、日本サッカーは弱くなったような気がする。相手が強豪だったということもあるが、惨敗が続いている。以前、強豪国に対してもこんなに惨敗を続けることはなかった。

ザッケローニはイタリアサッカーを日本に根づかせようとしてきた。しかし、日本が前回のワールド杯でベスト16入りをして世界をあっと言わせたのは、岡田監督によるキズナサッカーだ。岡田監督はオシム監督を引き継ぎ、走るサッカーを根づかせた。ボールに関係しないメンバーも走り続ける。それによって相手が混乱し隙が生まれる。それを勝機につなげようとする。ボールが来る前に、見方を信じて走る、ボールと関係がない人も走る、それがきずなサッカーだ。相手を惑わせ、相手を疲れさせる。そこに勝機を掴かもうとする。
もともと日本人は走るのが得意だ。それも長時間走り続けること。マラソンが強い日本である。そして世界が驚くきずながある。この利点を生かしたサッカーをすることが日本の進む道である。

ところが、世界の強豪国のサッカーを見せ付けられたためか、短絡的に個の力だといいたくなる。しかし、個の力を言いだすと、走らなくなる、そしてきずなも緩んでしまう。それが、昨今の日本サッカーだろう。
ザッケローニは戦術はそのままで、選手を変えることを考えているようである。では日本人の個の力はどれほどのものか。本田はメッシではないとよく言われる。個の力では、本田も世界レベルとはいえない。このままでは、個の力もきずなもゆるんだサッカーで、 W杯は惨たんたる結果になるだろう。
日本のサッカーは明らかに落ちている。 Jリーグが経営危機にあるのもその表れだ。

◆日本の社会経済などあらゆる分野での問題も、サッカーと同じく個人の力とキズナの関係である

例えば創造力の問題。アメリカ流のイノベーションを求め、個人の力を重視した考え方がある。昨今、成果主義など、個人能力重視する考え方が広がっている。しかしこれは、日本人の特性に合っていない。日本人は、その長い伝統で、きずなを重視した考え方が染み込んでいて、個人能力主義に徹することができない。そのため、個人の力を思う存分発揮することが困難なのだ。
しかし、一つヒントがある。それは、 TQC (総合的品質管理)の成功である。 TQC はキズナカイゼン活動とでも言うべきチームワークの勝利であった。それは日本人の特性に合っていた。その結果、日本の製品はその高い品質で世界を席巻した。
昨今のイノベーション重視の中で、 TQC は影が薄くなってしまったが、 TQC のきずな発想法はこれからの日本に大きなヒントを与えると思う。きずな発想法をもっと磨いていくことが、日本の進む道だと思う。

2013年8月30日 (金)

女性の市場労働への参加を阻害する主婦の家事労働問題

◆主婦の家事労働がなぜ楽にならないか

主婦労働について、調査していく中で、「「お母さんは、楽になっていない」とい本に出会った。
R. S. コーワン著/高橋雄造訳
『お母さんは忙しくなるばかり――家事労働とテクノロジーの社会史』評者:榎 一江

これは意外である。全自動洗濯機、電気がま、電子レンジ、電気掃除機など、家電製品がどの家庭にも普及して、家事労働は楽になったはずである。その結果、時間ができたから、主婦はパートやアルバイト、或いは派遣社員など、市場労働に参加できるようになったのだと考えられていたからである。

日本の現状については、品田知美『家事と家族の日常生活―主婦はなぜ暇にならなかったのか』(学文社,2007)が参考となる。

◆家事労働の実態と本質を考え直す必要がある

両書は、女性の労働参加を、成長戦略の一環とするアベノミックス実現には、家事労働の実態と本質を改めて、考え直す必要があることを示している。とにかく主婦業が本当に楽になる必要があるわけだ。そのためには、主婦業の本質的な研究を行い、本当に主婦業を軽減する方法が明らかになること欠かせない。これまでの、家電メーカーなどによる家事の研究は、家事を細分化し、その個々を家電製品に置き換える式であった。ところが、家事労働は、個々に分断してモジュール化できない、複雑さを持っているという。個々の家事労働を研究するだけでは、主婦は楽にならないようだ。
これからの少子高齢化で、人口減少社会に入った日本にとって、主婦業の研究は喫緊の課題だということができよう。何しろ、何千万という人口減少が予想され、労働人口の不足が危惧されいる日本である。男女で家事分担するのも限界があるという。家事労働そのものを効率化し、女性の市場労働参加を促進する必要がある。

以下次号へ

2013年8月16日 (金)

女性労働が成長戦略の柱というアベノミックスの是非を考える

◆主婦の発明相談から気付いたこと

私は、たまたまある主婦のアイディア相談を受けたことがあった。それは主婦の家事労働を効率化する発明だった。何しろ、家事労働の発明は、初めてだったので、戸惑ったが、これを機会に他の主婦業の発明を調べたり、家事労働そのものがどんなものかを調査したりした。そして、わかったことは、家事労働というのは、他の労働(市場労働)と全く異なる特徴を持っているということだ。その基本的なパターンは、道具を自家所有し,単一家族で家事を遂行すること。そして、この家事労働は家庭内の無償労働だということだ。
一方、市場労働は、販売される製品やサービスを生産するための労働で有償労働である。
では、無償の家事労働は、何も生産していないのだろうか。
主婦に質問してみると、みな「生産?」と怪訝な顔をする。生産しているものは何もない、家族に食事を作る、掃除をする、子育てをする、洗濯をする、などなど、いずれも家族に対するサービスだ。これは、家庭内のことで、無償の労働だ。だから、何も生産していないと、家族も、主婦本人も考えているようだ。本当に主婦は、何も生産してないのだろうか?
家事のアイディアの効果とは何なのか。主婦の発明を評価するのにこの事が欠かせない。

◆家事労働は家族の健康を生産している

よくよく考えているうちに、たどり着いたのが、「主婦の家事労働は、家族の健康を生産している」ということだ。主婦は、その家庭で、家事労働を行うことで、その成員の心身の健康を生産しているのだ。家事がおろそかになれば、家族の心身の健康は、保てなくなる。
しかし私たちは、この家事の重要な「生産」について意識していない。健康は、すべての業種の生産を支えている。こう考えてみると、家事は、すべての生産の基礎なのだということがわかる。

◆家事労働の本質のより深い研究が必要だ

様々な企業が主婦の家事労働を楽にするべく、様々な発明品を開発している。その結果、家事は楽になり、主婦は、市場労働に加わるようになったと考えられている。ところが、実際は様々な製品が開発されたにもかかわらず、主婦は、一向に楽になっていないというのだ。これは、家事の本質が十分研究されていないためであると考えられる。そういえば、政治家は、主婦は、暇になったと考えているようだ。だから、その楽になった分、外に働きに出るべきだと言うのだ。アベノミックスは、日本のこれからの成長は、主婦の市場労働参加にあると考えている。すると主婦の家事労働を本当に効率的で、楽にする必要があることになる。主婦の市場労働参加が、家事労働の手抜きで成り立ったのでは、何もならない。本当にそれが効率化され、家事が生産する「人々の健康」が生み出されてこそのものであろう。

以下次号に。

2013年7月15日 (月)

参議院選挙の各党公約の”生煮え”に不満

◆いよいよ参議院選挙である

今回の選挙は、安倍政権のアベノミックスに対する信認投票的意味合いが強いと言われている。失われた20年という長く低迷した経済が、アベノミックスで好転を見せ始めたかに見える中、国民がどんな評価を与えるかが、注目される。

一方で、選挙戦での各党の公約が、これを実現する具体的なプロセスが十分語られていないことが不満である。それぞれの目標は、もっともなことであっても、これを達成するプロセスが重要なのであって、それがなければ絵に描いた餅でしかない。

◆なぜ、プロセスが具体化できないのか

プロセスが具体化できないのは、そこに成熟国家の諸問題があるためと考える。日本は世界の先進国となったわけだが、それは日本が成熟国家としての難問を抱え込んだことを意味する。

成熟国家のことを書き始めたらきりがないが、簡単に言えば、既得権益でがんじがらめになった状態、しがらみだらけの状態であるということである。成熟国家において、何か新しいことをやろうとすれば、どっちを向いても、既得権益としがらみにぶつかる。結果、何をやっても中途半端にしかできないということになる。
日本で改革が進まないのは、まさに成熟国家の諸問題にぶつかっているからである。

各党の公約のプロセスが生煮えに見えるのは、この成熟国家の諸問題を乗り越えるアイディアがないためであろう。
このままでは、いつまでたっても成長の限界を乗り越えることはできないだろう。

2013年6月20日 (木)

日中米の三角関係を心配するより、自信を持って日本文化を世界に発信すべきだ

◆日本はどうやって自国を守っていくべきか

米中首脳会談を受けて、日米中の三角関係の論議が起こっている。それは、首脳会談が、米中が互いを大国として認め合い、新しい関係を築き、世界を支配しようと言うものだと考えられているからである。危惧されているのは、米中が接近することで、日本が置いてきぼりになることだ。このことについて、安倍首相は、日米の関係は特別なもので、揺らぐことはないと発言している。
しかし、このまま日本の地位が低下し、中国の経済的軍事的な力が増加していったら、どうなるか分からない。日本があらゆることで、かやの外に置かれる事態も予想される。
その時、日本は、どうやって自国を守っていくのか。

日本が中国に軍事力で対抗するというわけにはいかないだろう。結局、経済的な影響力を高めることで、対抗するしかない。日本のとるべき手段は、技術開発と経済成長に尽きることになる。そしてもう一つ。クールジャパンと観光がある。こういうと、クールジャパンだの観光だのそんな小粒なことでは、経済成長できないし、日本を守れないと否定的な発言をする人がいる。しかし、日本を訪れた外国人の反応を見ると、日本の観光価値は、我々が考えている範囲を超えていることがわかる。この観光価値の本質にあるのが日本人の感性であり、これが、クールジャパンの源泉であろう。

◆日本文化の特別な価値に感動する外国人

日本人の美意識が生み出すものこそ、クールジャパンと呼ばれるものである。例えば「ワビ」、「サビ」という日本人独自の美意識は、今や、海外の多くの人々に理解されるようになってきた。日本人の美意識は、日本文化のあらゆるところに潜在しており、それが、日本を訪れた外国人に感動を与えるようである。
日本人の我々は、この日本文化の特別な価値を意外に自覚していない。日本文化は、日本人にとって、水や空気のような存在であるからであろう。逆に、外国人から日本のよさを教えられることがある。

この日本文化を生み出したのは、日本人の特別な自然観と感性である。先の「ワビ」、「サビ」に加え、近頃、「萌え」という感性がアニメ文化を生みだした。

◆美意識は、創造性の源だ

「ワビ」、「サビ」は、日本独自の新しい創造性を生み出してきた。「ワビ」、「サビ」は、日本人の繊細な感性と、物作りにおける、丁寧、精緻な仕事に表れている。これは国際的な信用にもつながった。さらに、この日本人の繊細な感性は、絶え間ない改善活動の源泉となったといえる。1980年代、QCサークルに代表されるあらゆる分野での改善の熱気は、最高潮に達し、日本の高度成長の原動力になった。

では、そこに「萌え」が加わって、どのような創造がなされるか、期待が集まる。

日本の美意識について、興味深い書がある。黒川 雅之著『八つの日本の美意識』である。同書は、日本の美意識として、「微、並、気、間、秘、素、仮、破」を示している。氏は、日本人が物事を判断する非常に大きな規範になっているのがこの美意識なのだという。
それは、身体の感覚に近い、心地よさともいうべき美意識だ。
さらに同書は、「日本人は美意識に生きている」「日本人は”美しさ・気持ちよさ”のために生きているのであって、・・・」と述べている。
「微、並、気、間、秘、素、仮、破」の詳細を読んで、確かにそうだ、と改めて感じ入るところがある。日本人の思考と物事の判断の根底にはこの美意識がある。そこから日本が世界に誇れる文化が生まれてきたのだ。

詳細は、下記の書を参照いただきたい。
黒川 雅之 著『八つの日本の美意識』
講談社 2006-07-22

いまこそ、我々は、あらゆる機会をとらえて、世界に自信を持って、日本文化を発信すべきなのだ。それが、経済のみならず日本の国際的地位を高め、国を守る原動力になる。

«21世紀は世界の日本化を目指すという大志が欲しい